Romancing Note

あと何回桜見られるか。

征夷大将軍について

征夷大将軍について、少しおさらいさせていただきます。

まず、『社会契約論』にある「僭主は専制君主ではないこともありうるが、専制君主は常に僭主である」から解説しなければなりません。

僭主というのは、「皇位僭称」つまり「自称皇帝」みたいな感じだと思います。
専制君主というのは、言わば独裁者と考えていいでしょう。

ジェネラル(将軍)って「一般」という意味もあるんですけど、今の私が「戴くなら征夷大将軍の称号を」と宣っている状態なので、僭主に近いと思います。
しかし、テレパシーがあったとしても、実際は政治家でもないので、ただの狂人かもしれません。

つまり、征夷大将軍になるにしても、結局こういうのは「自他ともに認める」にならないとイケないワケです。

民主的な手続きを踏むべきかが論点にもなりますが、というのは、征夷大将軍の任命権者は天皇なので、国民投票で国民の推薦をもって改めて天皇がお墨付きを与えるかどうかが肝になってくるワケですな。

初代征夷大将軍は、奈良時代の大伴弟麻呂という人が、天皇から節刀を受け取って就任しました。
二代目の坂上田村麻呂が有名ですが、彼は「怒れば猛獣も倒れ、笑えば赤子もなつく」と言われて、蝦夷(東北地方)征伐をして、本州を平定しました。
ダルビッシュ有とか田中将大とか菊池雄星とか大谷翔平とか佐々木朗希とかに、関西のプロ野球選手を引き連れて戦いを挑むようなものでしょうか?

源頼朝は、源平合戦を平定して、弟の義経を追放して、鎌倉幕府を開きました。
解説書では「征夷大将軍の概念を作り変えた偉人」と書いてありましたが、判りやすく言うと、平安時代は軍事長官みたいな感じだったのが、幕府を開いて「武士の中で一番偉い支配者」になって、主に政治を担う感じにしたのでしょうか。
「源義経がモンゴルに行ってチンギスハーンになった」というトンデモ説もあるんですよね。

足利尊氏は、南北朝の争乱のゴタゴタに乗じて、室町幕府を開きました。

徳川家康は、戦国時代を平定して、江戸幕府を開きました。

戦国時代の三英傑である織田信長と豊臣秀吉も「天下人」とされていますが、織田信長は道半ばで謀反によって倒れ、豊臣秀吉は関白になって日本を平和な世界にしようとしたんですかね。
当時の貴族の記録では、信長の部下と「信長に与えられる官職として何がふさわしいか」を話し合ったというものがあり、この時「太政大臣、関白、征夷大将軍」が例に挙がり、後日「征夷大将軍がふさわしいということになった」と書き加えられたらしいです。
「学者の間でもまだ結論が出ていません」とありましたが、私についてはどうなんですかね。

つまり、共通するエッセンスを抽出して抽象的に言うと、「乱世を平定して新しい政治体制を作った」ということでしょうか?

そこで「お前の功績はにゃんだ?」と問われても、私は「音楽と将棋と哲学が少し得意かな」くらいで、生まれつきの特質として「テレパシー」はあるかもしれませんが、もう今の日本は国内はほぼ平定されてますし、「現代の戦争は情報戦やサイバーや宇宙」と言われても、私がそれらに関わると逆スパイになってしまいますし、私は何者なんでしょうかね…。

最後に、私の今の私案をもう一度おさらいしようと思います。

朝廷が天皇で、幕府が私で将軍ということで、政府が民主的な方法で選出された実権で大臣ということです。

実は、「天皇は大神主」や「天皇は元々遊行神(ゆぎょうしん)」という説もあって、「政府は首相公選制にした方がいい」という説もあるんですよね。
幕府は「名誉職の意味合いが強い」ということでしょうか?
「王権神授説」というのもありますが…。

国の統治論については難しいですが、「神がいるのに人間が統治者っておかしいよね」というのが『社会契約論』の本質なのではないかと思います。
とにかく、「鎖国、津波、寿司、芸者、腹切り、侍、忍者」あたりは世界でも通用する日本語なんですかね(笑)。
封建貴族というのは恐らく騎士とか侍とかのことなんでしょうが、幕府がカバーするのはこのあたりなんですかね。

私は文学部の人間なので、文学と歴史と哲学なんですよね…。
実際社会の大枠はこういうもので成り立っているとは思いますが、「彼は何でもできるが法を作ることはできない」というのもそういう意味かもしれませんね。

徳川家康が江戸(現在の東京)に幕府を開いたのは、南光坊天海という人が進言したことが大きいんですけど、今そういう軍師的な人はいるんですかね(苦笑)。
日本にもシンクタンクはあるんでしょうが、永田町と霞が関というシンクタンクもどうお考えになってるんでしょうかね。
どこに本拠地を置いてどういう名称にするかは、現代だと地理学や地学の専門家になってくるんでしょうか。
とりあえず、私の名前はお坊さんが決めたらしいのですが…。
これも「天海=明智光秀」というトンデモ説があります。

とにかく、幕府を開いた暁には、大奥の設立の方もよろしくお願いしますね!

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ゼロサムゲーム

「ゼロサムゲーム」という言葉を聞いて、「サム」って「サムタイム時々(ガッツ石松風に)」の「some」で「0か寡数(few)かってことかな」とか、「thumb」で「親指」って意味で「0から1を産み出すことかな」とか、「それともTRFのSAMかな」とか色々考えていたんですが、どれもハズレでした(笑)。
正解は「zero sum」で、辞書を引いたら、「sum」は「合計」ということで、「大意」とか他にも意味がある多義語でした。

検索してみたら、「ゼロサムゲーム」というのは、例えば為替などで、どちらかのレートが上がっても他方のレートが下がるので、結局総和が0である、というような内容のことが書いてありました。
今は大抵のことはネットに答えがあるので、ご自分で調べられるのを期待します。

…というとここで話が終わってしまうので、今回は「ゼロイチ」つまり「0から1を産み出す」というのはどういうことかという話をしようと思います。

よく天才を表す言葉で、「1を知って10を知る」と言われたりしますが、私はどちらかと言えば「1を10に膨らませる」タイプかもしれません。
しかし、「何も無い所(0)から1を産み出す」というのもかなり難しく、実際は本義での天才は後者かもしれませんよ。

「例えば」ですけど、私の楽園の方のゲームのアイディアで説明します。

「0→1」というのは、「もし皆が寝てる時に同じ夢を見ていたらどうなるかなあ」という思いつきのようなことを言うのではないかと思います。

私はこの「とっかかり」というか、音楽で言えば「主題」とか「カッコいいリフ」とかですけど、これを考えるのが苦手な感じなので、「他人が考えたメロディ」とかでインスパイアされることが多いんです。
私が「スマッシュヒット」みたいなものは作れても量産が出来ないのはこの理由かと思います。

とにかく、その「皆が寝てる時に同じ夢を見ている」というのが浮かべば、後は「だとするとどういう出来事が起こりうるか」というのを想像して書き進めるワケです。

若い頃数学者を目指されていたビートたけしさんは、「映画を作る時はラストシーンを考えてから逆算する」という、言わば帰納法なんですかね。
その逆の「こうだからこうなってこうなって…」という考え方が演繹法ということでしょうか。
哲学で言えば、その両方をヤったのがカントだそうです。

「0」というので言えば、「ゆるキャラ」や「マイブーム」などで有名な、仏像マニアのみうらじゅんさんがテレビ講義で話していた内容で面白かったのが、「空あり」という不動産の看板を使って次のようなことを言っていたものです。

「仏教用語で『空』というのは『無い』ってことですよ。それが『ある』って言ってるんだから。『無が有る』ってどういうことだと」

無は無であって、「無が存在する」というのは矛盾した話ですよね。

「『自分探し』って、『最初から自分なんて無いんだ』と」として、「1回でも"崖っぷち"に行って突き抜けてるものを見てください、人生観変わりますよ」と言ってましたよ。

「天上天下唯我独尊」というのも、もし本当に宇宙に1人しか存在しなかったとしたら、果たしてそれは「存在する」と言えるのでしょうか?
「存在している」のは事実だとしても、その絶対的存在者が知性的生物であっても、本当に相対的に何も存在しなかったら、「知性」が生まれるのかとか、色々想像できる話でした。

以前「その考え方は数学にも応用されています」みたいな話も聞いていて、「0」という数字がそうなんですかね、他にも、虚数的な考え方で、「本当はマイナスなんてこの世に存在しない概念」とか。

「リンゴ3個を表せ」と言われたら、リンゴを3つ並べれば任務完了ですよね。
しかし、百歩譲って「リンゴ0個」は表せても、「リンゴ-3個を表せ」と言われたら困ってしまいますよね。

足し算と掛け算は出来ても、引き算と割り算って難しいですよね(苦笑)。

「何をかいわんや」ですけど、今回は「他ありて我あり」という結論的なことを書いて筆を置くことにしますか…。

ちなみに「サムズアップ」は親指を立てることですけど、「いいね」とか「グッドラック」みたいな意味ですよね。

以上、これも「考え方」の話でした!

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食生活

本日8月15日は終戦記念日ですが、日本も戦前戦後食糧もままならない所から飽食の時代になって、今のご老人に感謝すべきはその辺りですかね。

それでも、現代の貧困は教育やインフラを含む社会システムによる所が大きく、「子供の6人に1人が貧困状態」という話も耳に入ってはいます。

共産主義は食糧が配給制なんですけど、日本でヤるとしたら、「朝おにぎり、昼菓子パン、夜カップラーメン」みたいな感じになりますか。
本当にこれを実行したとすると、コストは1人1日300円と考えると、年間10万9500円分配したことになります。
1億2000万人で単純計算すると、予算は13兆1400億円で、毎年定額給付金を分配するよりは現実的なのではないかと。
完全な思い付きですけど、そうするとどうなるかを考えると、さらに飲食が打撃を受けるかも知れませんね。
もちろん小売業界も売上は減るかも知れませんね。
「いらない」あるいは「他の物を食べたい」という人は、本当に困ってる人にあげればいいんじゃないでしょうかね。
地域の公民館に取りに行くようにすれば、外出するようになって健康にも良いと。

これも荒唐無稽な思い付きで、普通に生活しながらこういうことを思い付いてしまうから仕方無いですよね。
もちろん分配政策も行きすぎると国民が怠惰に陥るかも知れませんし。
「それはいい!」と思われる方もいらっしゃるかも知れませんが、こども食堂みたいな慈善事業も既にありますし、ぜひ慎重にお考えになって下さい。

私の食生活は他のSNSでも述べている通り、甘党でポテチのようなお菓子の類いも好きなんですよね。
肉には白米が合いますし、ハンバーガーやピザにはコーラが、寿司には緑茶で、牛丼天丼カツ丼親子丼や鰻重などの丼物も大好物です。
もちろんラーメンやスパゲッティやカレーライスも好きですね。

子供の頃に父が「体に悪い物がウマイようになってる」とか、「味ってのは結局油と塩分なんだよ」とか言ってたのを思い出して、旨味は他にもナントカ酸みたいなたんぱく質系の物もあるんですかね。

この辺りはもはや常識かも知れませんが、パンとかご飯とか麺とかの炭水化物はエネルギーなので、食べても太るだけなんですかね。
アスリートがよく筋肉や皮膚や毛などになるたんぱく質を取るために、ゆで卵の白身だけ食べてたりしますが、今はプロテインみたいなのもありますし、動物性のたんぱく質は体に良くないとも聞きまして、納豆や豆腐や味噌醤油のような大豆製品の植物性のたんぱく質は、ヴィーガンと呼ばれる菜食主義者にも注目されてますよね。

あと、「魚の油は脳に良い」と言われていて、特に青魚、寿司だとアジとかサバとかコハダとかの光り物と言われますが、その脂身を抽出した物はDHAと言うんでしたっけ?

日本は昔、寿司とか刺身は生物(ナマモノ)で足が速いので、干物とか目刺しとか煮干しとかしらすとか、そういうものを食べてたんですよね。
私も子供の頃に「お菓子じゃなくて煮干しならいい」と言われてバリバリ食べてた記憶もあります。

アメリカからハンバーガーが、韓国から焼肉が、中国からラーメンってのもあるんですけど、事実日本人の顔が白人みたいな細面になって、栄養状態も良くなったのか、平均身長も10cmくらい上がったんですかね。
ただ、「『若者は経験が無いだけだ』と直情反論していたが、今の若者は本当にバカなんじゃないかという気がしてくる」というのも聞きまして、原因は食生活だけではないかも知れませんが、平均的な体力も低下しているようなので、それでもスポーツは「今の選手の方が成績良いですよね」というのも事実ですかね、結局二極化の進行が避けられない状況になっていますかね。

「カルシウムを摂るために牛乳を飲め」とは言いますが、「その牛は草しか食べてないのにどうやってカルシウムを摂取してるんだろう」と思いまして、これも「肉骨粉で狂牛病」みたいなルートもあるんですか?
草にもミネラル成分があるとすると、その草が吸い上げる土壌からはカルシウムがどんどん無くなっていくことになりますよね。
牛の体内でカルシウムが作られているのだとすると、というかカルシウムは元素だとすると、元素が変わるということは化学ではなくて物理学の範疇ですよね。
推測というか仮説に過ぎないので、しかし自分1人ではこのようなことは調べられないので、興味を持たれた方は真に受けずに研究対象にされて、ぜひ私に教えて下さい(苦笑)。

フロッピーディスクを発明したドクター中松という人が、前日に何を食べたかを記録して、翌日の思考にどういう影響が出たかを考察するということをヤってイグ・ノーベル賞をもらったんですかね。
肉ばかり食べていると好戦的になったり体臭がキツくなったりすることもあるらしいようなことも聞いた記憶もありますし、私も又聞きの又聞きみたいな感じなので、興味を持たれたらご自分で調査研究されることを望みます。
芸人さんの実話で面白かったのは、「誰かに聞いた話をその聞いた本人に話した」という小噺です(笑)。

出過ぎた発言もありますので、間違いがあればご指摘下さい。
願わくは未来永劫終戦状態が続かんことを!

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聖と俗

「聖に近いほどの愚」と言われるそうです。

聖の対義語は邪かと思う所ですが、今回は聖と俗の対比で語ろうと思います。

というのは、主に出家入道した人を聖人とか聖者と言うので、「王であろうが何だろうが俗人である」ということなんだという認識です。

出家というのは、単なる家出ではなく、寺や修道院などで精進料理を慎ましやかに食べながら規則正しい生活をするようなことを言い、住職のような立場になりながら世俗的な生活をするような僧侶を「破戒僧」と言うワケです。
といっても、現実的には皆が出家してしまったら世界が終わるのも事実なので、当代では厳しい戒律も曖昧になって、妻帯者である和尚も多いですかね。

俗というのは、俗世または浮世、つまり世間一般のことを言い、民俗や風俗のことを指します。
もっと判りやすく言うと、民衆、大衆、さらに言うと下衆(ゲス)ということでしょうか?

若い頃「下衆ヤバ夫」というコントがあって、「志村けんの『変なおじさん』みたいにしたいのかな」と思って見てたんですけど、アンタッチャブルという芸人(un-touch-ableつまり触れないという意味か)がヤっていたので、「不可触賤民ってことかな」と思って、印象に残っているのが「水曜日はキセルで出かけ、木曜日は女子校巡り♪」という歌です。

理想というのはつまり「こうありたい」という「欲望」という言葉に置き換えてもいいかと思いますが、現実とのギャップの部分即ち葛藤が「悩み」、仏教用語で言う所の「煩悩」になるのかと思います。

キリスト教の考え方だと、神様というのがいて、救世主であるイエスがその人間の原罪(欲望)を全て背負って死んでくださったということで、神様が「許し」を与えてくださるということでしょうか。

一方、仏教は、その俗世間から遠ざかって、座禅や禅問答などの修行を通して、欲望そのものから解放されようとする試みなんでしょうか。

「命題pとqを同時に肯定する存在」というのは私ということでよろしいのかは不明ですが、これらを合わせてrになりますか?

仏教用語で「業」というのは「ごう」と読んで、「カルマ」ということなんですかね。
言葉遊びでしかないんですけど、産業とか職業とかの「業」は、「行」つまり「ぎょう」であり、仕業とか神業とかで「わざ」とも読むんですよね。

「カルマ」というと曖昧ですけど、悪の定義も難しく、翻って「聖戦」と言うと危険なニュアンスをはらんでくるワケです。
「聖も邪になりうる」ということですけど、自爆テロみたいなのでも、以前「神がそんなこと望んでると思うか?」とか「発展より闘争の方が大事だと思ってるのか?」と書いてしまったんですよね…。

何であまりこういうことを言いたくないかというと、差別意識とか懐古主義とか現状維持みたいな保守思想の悪しき面が出てくるからです。

私も「天皇」ではなく「征夷大将軍」とか言ってますけど、三年寝太郎というか、物欲もそれなりにありますし、グルメで食いしん坊的な感じもしますし、あらゆる罪を背負ってるというか、先程も申し上げた通り世俗的な面が多分にあるのは否めないので、特に性的な面で。
ただ、性欲は強くても、痴漢とか盗撮とか下着泥棒とかSMとかスカトロとかレイプとかDVとか風俗通いとかには興味はほとんど無いですよ。
スカートめくりとかね(笑)。
変態的な性欲があるとすればハーレムですかね。

人に迷惑かけない分であれば、適度な欲望は社会を回す原動力にもなると思いますので、「こういう考え方もある」くらいに思って、あまりお気になさらずに日常生活を送ってください。
私の立場からすれば、「けしからん」とか言わなければなりませんかね(苦笑)。

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ポジティブリストとネガティブリスト

今日は天皇誕生日ということで、謹んでお慶び申し上げるとともに、私の野望というか構想も開陳しようかと。
「まーた始まった」とか思いながら、お付き合い頂ければ幸いです。

以前から「戴くなら征夷大将軍の称号を」と思っていることもあり、幕府を開いたら、基金的なものでノーベル賞的なものを作ったりして、例年ではなく単発的にでも日本国内の文化芸術スポーツや発明関連の功労者に手厚い支援をして、優秀な人材が腐ったり海外に移住したりしなくていいようにしたいと展望しているワケですが、ヤり方によっては優秀な人材の足かせになったりするかもしれないので、本当に「幕府」という組織が出来たら、有識者を入れてちゃんと考えてからヤるようにしたい所です。

ヴィトゲンシュタインによると、存在(p,q)はトートロジーで(仏陀,キリスト)ということなのかもしれませんが、これがrという宗教になるかは未知数で、私は大人になってから哲学を少しかじりまして、そもそもこれが聖書になるとも思えませんよね(苦笑)。
既成宗教があるので、かといって政治的権能も有しないとなると、結局「なんでもない氏」ということになりますか?

何が本題か判りませんが、以前聞いた軍法用語でポジティブリストとネガティブリストという法律の考え方の話です。

ポジティブリストは、ヤっていいことを連ねたもので、ネガティブリストはヤってはならないことを連ねたものだと記憶しています。

これを逆に言うと、ポジティブリストだと、ヤっていいこと以外は何もしてはならなくなり(正確にはグレーゾーン)、ネガティブリストだと、ヤってはならないこと以外は何をしてもいいということになります。

例えば、ポジティブリストで「側室は10人まで」だとすると、側室を10人持つ以外は他の女性に手を出してはならなくなります。
ネガティブリストで「無益な殺生は禁止で、政治的権能も有しない」などとして配偶者関連の規則を入れないとなると、側室は子供であろうが何だろうが、いくらでも手を出していいワケです。

皇室にも皇室典範というくびきがあり、詳しく調べていないで恐縮ですが、「こっちはソノサキのこと考えてんだ、何バカなこと言ってんだ」となるので、私の子供がテレパシーを受け継ぐかでも未来は変わってくると思いますし、ホントによく考えてからにしないと…。

要望としては、テレパシー持ちの私には、ネガティブリストを適用した方が「彼は何でもできるが法を作ることはできない」というのにも逆らわないと思いますが。

夫婦別姓の話ですけど、博識な方によれば「源頼朝と北条政子(平政子)は夫婦別姓ですよね」ということで、確かに卑弥呼だ何だと日本は男女平等な面もあるのも気付かされますよね。
男女間で性差があるのも否めないので、中には男尊女卑的なお考えの人もいるかもしれませんが、私も選択的夫婦別姓はどうしましょうかね。

女の子の夢ってお姫様だったりもしますよね。
ジェンダー論の先生が「女性は、ディズニーみたいな、王子様に守ってもらうみたいなのばっかり観てるから、主体性が無くなる」と言っていましたが、私は「だからって、プリティウーマンみたいな、『キャリアウーマンが素敵な上司に』みたいなのを観たからって、みんながそうなるワケでもないんじゃないですか?」と言ってまして、男でも「お姫様を守る王子様を体験する」ゲーマーがみんなそうなることもないですよね(苦笑)。

でも私も妙齢を越えた中年になってしまったので、そろそろ真剣に考えて頂きたいものです。

テレパシーという前提があるからこそこういうワガママを言っているワケで、さらなるご協力を賜りたく思いまして、ご一考のほどよろしくお願い致します。

「賞第一号は自分にあげる」というアレでイこうかと思ってます(苦笑)。
苦笑ですよ!苦笑いですよ!

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