Romancing Note

あと何回桜見られるか。

ルナティックドーン

『ルナティックドーン』は、『A列車で行こう』で有名なArtdinkが開発したフリーシナリオRPGです。

私の青春時代に「LUNA SEA」というバンドがありましたが、これは「月の海」というような意味だと聞いて、裏の意味で「Lunacy」が「狂気の」という意味であるんでしょうか。

『Lunatic Dawn』は、「狂った夜明け」という意味ですかね。
私は「月の夜明け」という意味だと思い込んでました(苦笑)。

私がこのゲームを知ったのは、高校時代に部活の先輩に教えられて、「ドラクエみたいに、経験値はともかく、モンスターを倒してカネが手に入るのはおかしいんだよ、その事実をこのゲームがヤってる」みたいに紹介されたのがきっかけです。
依頼などを達成したらカネが手に入るようになるのは、他にはロマサガがそうですかね。

その先輩もシステムエンジニアになって、ウチの高校では、他にも大学に行かずにゲーム会社に入った人もいるみたいで。

私がプレイしたのは、大学に入ってからで、パソコンを買わせてもらって、ファイナルファンタジー9をクリアした後に『ルナティックドーン前途への道標』を購入して、一人暮らししている間に、メタルCDを聴きながら寂しくヤってました。

ゲーム自体は、「それこそスクエニの技術があればもっと面白く見せられるかな」という感じで、特に私が面白いと思ったのは、世界観設定です。

関数表というか座標軸というか、「縦軸の上が秩序で下が混沌、横軸の左が善で右が悪」となっていて、ワールドマップもその平面通りになっています。

地図の左上がヨーロッパ風、左下が日本風、右上が中東風、右下が中国風といった感じでしょうか。

私は最初ランスロットという名前で西洋の騎士を作成して始めたんですが、善行の依頼をこなしていったら、突然思想が悪で混沌のくのいち(女忍者)に暗殺されそうになったりして、思想の違う地域に行くとそれだけで危険な感じになります。
しかし、つまりは逆もありうるということですか。

「悪い国扱いされて心外だ」と思われる方もいるかもしれませんが、あくまで「っぽい」ってことですので。
実際、プレイヤーの行動次第で世界が変化していきます。

私は最後まではプレイできずに挫折したんですが、最後までプレイすると相当骨が折れるらしいです。

デスメタルバンドのアルバムで『Natural Born Chaos』というのがあって、今も棚にしまってあるんですが、「良い混沌と悪い混沌がある」ということでしょうか。
秩序も行き過ぎると悪くなるかもしれませんな。

「Lunatic Asylum」は「精神病院」という意味で、私も精神科に通わされて、狂気ですかね…。
痛みに負けルナ?

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パワプロを語る

「パワプロ」というのは、「実況パワフルプロ野球」という野球ゲームのことでやんす。
「実況」というのは、試合中に実況アナウンサーの声が入ってくることに由来しています。

私は中学生の時のスーパーファミコン時代からプレイしていましたが、大学を卒業してからは離れてしまいました。
というのは、将棋にハマったというのもありますが、収入が無くて新しいタイトルが買えなかったのが一番の理由です。

当時も野球の試合だけではなくて、「サクセス」といって、プロ野球選手に到るまでのサクセスストーリーを体験するモードがあって、下手するとペナントレースとかより人気があったのではないかと思います。

その後も、1人のプロ野球選手の人生を味わう「マイライフ」や、高校野球の監督になる「栄冠ナイン」や、キャラゲーの「パワフェス」など、どんどん機能が増えていって、「もはやプロ野球ではない」とか思いながら、野球好きにはたまらないゲームに仕上がっている印象です。

「やきゅつく派」の伊集院光さんが、「グラフィックあんなにリアルにしなくても人形でいいんだよね」と言ってましたが、確かに、それでもゲームとしてはかなりちゃんとした作りに仕上がっているんですよね。

私は「電動コケシ」って言ってるんですけど。

それでもあの形でも選手のフォームとかが細かく表現できていて、私はプレイしながら真似したりしつつ。

アイドルの女性も「ゲーム王への道」と言って、「パワプロをヤり込んでたら左手首が痛くなった」と言ってました。
パワプロくん可愛いですからね(笑)。

しかし当のプロ野球選手にしてみれば、色々ツッコミ所はあるかもしれませんが、特に「俺こんなパラメータなの?」みたいな。
「ダビスタ」つまり「ダービースタリオン」という競馬ゲームで、騎手の人が自分の評価に不快に思ったことがあったらしく、これは「信長の野望」とかのシミュレーションゲームでも言えそうですよね(苦笑)。
「ファイプロ」つまり「ファイヤープロレスリング」というプロレスゲームでは、団体や選手の名前を微妙に変えていますよね。
技とグラフィックで推測して、各々ネームエディットするワケなんですが。

確かにオープニングの歌で泣きそうになったりするんですよね。
メーカーはKONAMIで、曲もイイですよ。
球団ごとの応援歌に似せた作りになってたり。

今でこそマリンボール(シンカー)の早川あおいみたいな女性キャラもいますけど、私もそれ以前にアンダースローの変則女性ピッチャーとか作ったりしてました。
子供の頃に「童夢くん」だか何だったかタイトルは忘れましたが、野球のアニメで主人公は小学生なんですかね、消える魔球を落合選手に打たれたのを覚えています。
一番印象に残っているのが、赤いユニフォームなので広島カープだったと思いますが、そこのアンディとかいう子供で、投球時に五線譜だか鍵盤だかのエフェクトが入って、実はロッカールームで帽子を取ると長髪の女の子で「メロディ」という本名でしたかね、周知の通り私はそういう女の子が好きなので。
アニメとかゲームとかの良い所はこういうことが出来ることですかね。

真面目に考えると、ストレートが110キロくらい出れば、ナックルボール辺りをマスターすればメジャーリーグのレッドソックスのナックルボーラーみたいになるのも出来そうな気もしますが、とにかく、将棋でも女性のプロも待望されてるんですよね。
以前、「女性の骨格や筋力だと、理論上は120キロくらいは出せる」と聞いた記憶がありますよ。

女だからって「女の人生はイイ男に巡り合えるかどうかに尽きる」みたいに諦めるのではなくて、主体性を持つことも考えた方がイイと思いますよね。
私も、ある程度自立した女性でないと付き合う気にもなれませんし。

「自分が得意な物事には興味があるようになってるのかな」とか思うんですが、私も「何でも出来る」という評価が当てはまるかは不明ですが、もちろん覚えられない分野もありますし、得意な物事を見つける努力はしつつ、お子達が読んでるとすれば、「何か夢中になって追求できる物事を大切にした方がいい」と助言したくなりますよね。

相方の矢部くんですけど、「~でやんす」が口癖で瓶底丸眼鏡でガンダーロボ好きで、大学の時の友人が「アレで足が速いっていうのが」と言ってたのを聞いて笑ってしまったんですよね。
その時に友人と3人でキャンパス内の本屋で選手名鑑を買ってきて、「ドラフト会議」をヤって、3人の選手もサクセスで作って入れてから球団を「アレンジ」してペナントレースでランさせてみたことがありましたよ。
結果は今となっては忘れました(笑)。

いつもブログにしては長文でやんすが、お読みいただきありがとうでやんす!

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ドラクエ3を語る

スクウェア・エニックスはRPGが主力商品ですが、ドラゴンクエストが子供向けで、ファイナルファンタジーがハリウッド映画的で、サガがゲームマニア向けみたいな感じだと思っています。
お姫様を守る側を体験する「男のディズニー」という感じだと。

私がサガの新作の制作発表の時に「オンラインゲームにしてほしくないです」みたいなことを言ったら、他で「キャラゲーにしてほしくはない」みたいなツイートを見て、「キャラゲーじゃないRPGってウィザードリィとかルナティックドーンとかだけど、ドラクエ3とロマサガ2もそうかな?」とツイートして、最近ドラクエ3を2回クリアしまして、確かにキャラゲーじゃなくてもこれだけ面白い理由は何なんでしょうね。

ロマサガは詩人がキーマンですけど、1は世界観設定、2はシステム、3はキャラクターの勝利だと思っていて、ドラクエもオンラインも無双もありますけど、確かにサガでヤるのも面白そうですよね。

ドラクエについて語ろうと思っても、ナンバリングタイトルが多すぎて、取り敢えずは社会現象になった「ドラゴンクエスト3 そして伝説へ…」を語ることにします。

なぜかと言うと、勤労感謝の日に何か書こうと思って、ドラクエ3は丁度ダーマの神殿の転職に見て取れるジョブシステムを導入したゲームだったからですかね。

ファミコン版でも子供の頃レベル32くらいでゾーマに勝っていた記憶がありますが、何回かリメイクされる度にボス戦がだんだんシビアになってきている印象です。

高校の時の友人が「ドラクエは大魔王だからね」とか言ってましたが、エピソードもおとぎ話的で、「ゲームだからって別に非難されるような変なことは言ってない」とも思っていて、それでもドラクエは「よく見ると結構血みどろな話が多いけど血が出ない感じ」と評しています。

主人公は「勇者」として、世界に1人しかいないような感じで、仲間は酒場で、戦士、武闘家、盗賊、商人、遊び人、僧侶、魔法使いを性格からカスタムして選んで加えることができます。
レベルが20になって「悟りの書」を持ってダーマの神殿に行くと、賢者に転職できます。
実は、遊び人がレベル20になっても無条件で賢者に転職できます。

子供の頃ですけど、「下の世界」であるアレフガルドでラダトーム周辺でボストロールが出て、ひたすらバシバシ攻撃を当てても全然死ななかったことがあって、最近もミンサガでダークが消えたままパーティに入ってる感じになったり、こういうバグはどういうことなんですかね。

「上の世界」は現実の世界地図を元にしたマップです。
スタート地点のアリアハンは、幻のムー大陸ということなんでしょうかね。
沈んだんだか何だかのアトランティス大陸はアトランティックオーシャンで大西洋なんですかね。
「ローマとイタリアでロマリア」とか、アリアハンのレーベという村も、『フランス革命の省察』で「レーベの熱狂」みたいな言葉を読みました。

シナリオは堀井雄二で、グラフィックは『Dr.スランプ』や『ドラゴンボール』などの鳥山明で、音楽はすぎやまこういちです。
「すぎやまこういち先生は当時の小学生に変拍子を叩き込んでたんですね?」というツイートを見ましたけど、城のBGMはバロックだったり、今思えば私の音楽への影響は大きいですよね。
友人が「ドラクエはあの3人の誰かが逝ったら終わりそうな気がするよね」とか言ってましたが、もう皆さんご高齢なんですかね、後継者はどうなんですかね。

私は「お笑い番組だけ見ててもお笑い芸人にはなれないように」と言ってるんですけど、河津神が「僕らの時代にゲームが無くてよかったと思いますよね」と言っていて、こういう人達はある意味パイオニアで、他の勉強や体験をしながら育ってきているので物語にも深みがあると思っていて、ゲームしかヤってこなかった世代がゲームを作るようになっても、それはどうなんですかね。
堀井雄二が、「淡路島の自然や遺跡を見て育った」というようなことを言っていましたが、子供の頃にそういう原体験はしておいた方がいいとは思いますよね。
「作家性」というのはそういうことなんだと思います。
ゲームというジャンルだけではなく、これがこれからの時代の危惧するところではあります。
自分で色々な体験ができなければ、本や映画を見て色々な人がいるのを知るのも良いと思いますし、「何をするにもある程度の教養は必要」ということでしょうか。

「現実の世界地図を元にしたマップ」ですけど、メルカトル図法だと、北極の方に抜けていったら、反対側の北から出てこないとイケないんですよね。
つまり、上に抜けたら上から出てくるということです。
ビートたけしの数学番組でこの問題を数学者の人と解いてて、こういう、北極に向かっていったら南極から出てくる地図を三次元にすると、ドーナツ型になるらしいです。

「ぱふぱふ」とかも「俺仕様」なのかなと思いましたが、どうなんですかね(苦笑)。

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信長の野望シリーズの話

コーエーの信長の野望シリーズですけど、これは所謂日本の戦国時代から江戸幕府成立までのお話です。
毎回同じ話でも、タイトルごとにゲームシステムが違って、私がクリアしたのは「武将風雲録」です。
実は他のタイトルはプレイしても途中で挫折したりしていて、プレイしたタイトル自体もそれほど多くありません。
類似したゲームで「太閤立志伝」というのもあって、これは豊臣秀吉がいかに立身出世していったかを追体験するゲームです。

武将風雲録では、友人に教えてもらったんですけど、「収穫期の安い時に現金を米に変えて翌年の相場が上がった時に一気に全部売る」という米式投資という先物取引ができて、私は最初慣れるまでそれでヤってましたけど、武力100の上杉謙信を使って日本を真っ青に染めて、次は足利家で「室町幕府再興」とか、クリアしたのはこの2回くらいだったと思います。

戦国武将で日本人なら誰もが知っているのは、織田信長と豊臣秀吉と徳川家康ですよね。
実はこの3人は顔見知りどころか深く繋がっていた人達です。
他に有名なのは武田信玄(甲斐の虎)と上杉謙信(越後の龍)と真田幸村(日本一)と伊達政宗(独眼竜)あたりでしょうか。
明智光秀(ハゲネズミでしたっけ?)は中央とも深く関わりがあって、謀反を起こして本能寺の変で織田信長を討って、織田信長の命で中国遠征(日本の中国地方ね)に赴いていた豊臣秀吉に神速の速さで取って返されて討ち返されたという、所謂三日天下の人です。

ゲームでは信長の誕生あたりから始まるんですかね、またおおまかに流れを書き散らすので、これからゲームを楽しまれる際の参考になさってください。

織田信長は幼少期は「尾張(現在の愛知)の大うつけ」と言われて、うつけものというのはやんちゃ坊主というような意味ですかね。
実際の人物像としてはどうなのか判りませんが、家督相続の時にも色々あって、私が覚えているのは、父親の葬儀で抹香を棺(位牌?)に投げつけたという逸話です。
他にも、乳母の乳首を噛みちぎったという逸話も覚えていますが、私はそこまでのうつけではないかも知れません。
「人間五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」という詩というのか言葉を遺してますよね。

駿河(現在の静岡)の今川義元が上洛(上京。京というのは朝廷と室町幕府のあった現在の京都)する時に、「大軍でも細い道を通る時は列が長くなって総大将を討ち取りやすい」という発想が有名な桶狭間です。
所謂奇襲ですけど、これで天下に名を知らしめると同時に、今川家に従属して不遇の時代を過ごしていた三河の松平元康改め徳川家康を独立させて、同盟を組むことになりました。

美濃(現在の岐阜)で「マムシ」と評された油売りの斎藤道三が国を乗っ取った後に、その娘を嫁に迎えて、そこの家督相続のゴタゴタに乗じて美濃を手に入れて、稲葉山城を岐阜城に改名したんでしたっけ、そこで「天下布武」を宣言しました。
その際に活躍したのが、農民出身だか何かの木下藤吉郎改め羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)で、美濃の名軍師の竹中半兵衛や国人衆(野武士?)の蜂須賀小六や滝川一益とかでしたっけ、を登用して、墨俣の一夜城などで功績を上げて、織田家の中で頭角を現しました。
墨俣の一夜城は、「川上で材木をあらかじめ加工しておいて、夜になったら川上から流して、あとは一気に組み立てるだけ」という築城の話で、前にも書きましたが、これはほぼ砦のようなもので所謂前線基地で、秀吉はのちに大坂城のような大きい城も建てています。

織田信長は安土城を建てて、この室町時代と江戸時代の間の戦国時代の一時期は安土桃山時代と言われてますよね。
戦国時代自体は北条早雲の「国盗り」から始まるんですかね。

一時期青森の運送会社社長か何かの羽柴誠三秀吉という人がよく選挙に立候補しまくって、私も「変わった人がいるなあ」くらいに思って応援してたんですが、羽柴秀吉の羽柴というのは、同じく織田家の重臣だった丹羽長秀と柴田勝家から一文字ずつ取って改名したものです。
信長には「猿」と呼ばれていたという逸話が有名ですが、「人たらし」という評価もありますよね。
「信長の草履を温めて気に入られた」という話も残っていますが、これも言い伝えのようなものらしいです。
「飛車先の歩を外しておけば初手で飛車が成れるじゃないか」と言って、これは太閤将棋と言われています。

信長の妹のお市の方は美人で、近江(現在の滋賀)の浅井家に嫁いで3人娘を産みましたが、浅井は「信長包囲網」で北陸の朝倉家に付いたので、信長と対立して滅ぼされます。
最初信長は室町幕府の最後の将軍の足利義昭をかくまって幕府の再興を支持するようなことをしていたものの、足利義昭は裏で諸国の大名に働きかけていたので、信長も愛想を尽かして、その諸大名と対立して包囲網ができました。
秀吉はねねという正室がいたのに、お市の方とどうしても結婚したかったので、後家殺し(マダムキラー)になろうとしたものの、お市の方は容貌が鬼な柴田勝家の方に行ってしまって、結局その娘を「関白になったら俺のものになってくれ」みたいな感じでムリヤリ想いを遂げたんですかね。
淀君(淀殿?)でしたっけね、大阪に淀川ってありますよね。
「亭主関白」とか「かかあ天下」という言葉もありますが、関白というのは朝廷の官位ですかね、なんか他の執着というか執念もかいまみえるんですけど(笑)。

結局豊臣家が主君筋になって、東で力を蓄えていた「タヌキ」の徳川家康と対立して、関ヶ原の戦いと相成る訳です。
結果はご存じの通り東軍の勝ちで、徳川家康が征夷大将軍になって江戸幕府を開きます。
徳川家康は東照大権現を名乗って、自らを神格化しましたよね。

他にも、中国地方の毛利元就の遺言的な話で、毛利家と吉川家と小早川家の跡取り息子を集めて「1本の矢だと簡単に折れるが、3本だと簡単には折れない」という「三本の矢」とか、前にも挙げた「敵に塩を送る」とかエピソードは沢山ありますが、調べるのも大変なので割愛させていただきます。

後で思い出したのは、大谷吉継という人が、癩病(らいびょう)でゲームでは顔を隠したグラフィックですが、癩病は今で言うハンセン病という原因不明の奇形の病気(?)で、茶会の時に彼の鼻水だかよだれだか汁が茶碗の中に入ってしまって、茶道では1つの茶碗を回し飲み(聞こえが悪いか)するようなことがあるんですか、石田三成がそれを気にせずに飲み干したので、大谷吉継は石田三成に忠誠を誓ったらしいです。
私の性欲は「そんなことしてくれるの?」で、本能的にこれだと思うんですけど、石田三成のように振る舞えるかが人格だと思います。
「杉良太郎実践塾」って感じですが(苦笑)。

政治的には、信長の楽市楽座という規制緩和くらいしか知りませんが、信長はキリスト教や鉄砲などの西洋文化を取り入れようとして、仏教徒とも対立しましたよね。
秀吉は検地や刀狩りが知られていますが、朝鮮や中国にも出兵しようとして、一方家康は鎖国を目指して、キリシタンを弾圧して、幕藩体制を築きました。

言わば日本の中世ですけど、こればっかりは鉄砲が日本に伝来して、戦い方も変わって、現代では当時の戦争とは全く違いますよね。

この封建制度ですけど、「論功行賞」という言葉は現代にもありますが、例えば知行(ちぎょう)が100石で10人扶持(食い扶持ということか)だと、要するに「土地というか食糧(米か年貢)が100石で、10人家来を持っていい」ということで、家来を付けすぎると派閥になって下克上(クーデター)ということになりますよね。
所領を守っている武将は大名に仕えてて、大名は将軍家に仕えてて、将軍家は天皇を立てていることになっています。
つまり「主君に仕える替わりに主君はその人に社会的地位を与える」ということですよね。

YouTubeで世界史の予備校講師の短い動画を見ていて、若い男に「江戸時代の身分制度って知ってますか?」と聞いて「士農工商えたひにん」と答えたんですけど、「えた」というのは「穢れ(けがれ)多き」と書いて「穢多」で、「ひにん」というのは「人に非ず」と書いて「非人」なんですよね。
フランス革命前の絶対王政でも「聖職者、王侯貴族、平民」というカーストがあったらしく、ルソーの「人間という名前が恥辱の内にあったかの封建制度の悪用」というのは、この意味に取ってもいいんじゃないかと思いますが、世襲というのにも賛否両論ありますよね。
今はスクールカーストですかね(苦笑)。

さて、現代で勲章以上のものとして征夷大将軍の称号を与えるに値する人物はいるんでしょうかね(苦笑)。

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三國志シリーズの話

大学の時友人と「中国人は日本人が三國志とか好きな事知ってるのかなあ」と話してたんですが、最近PS4でゲームソフトを物色している時に「メガネ侍が天津飯だか炒飯だかを食わせようとしてる」のと「カウボーイがピザを食わせようとしてる」というサムネイルを見て、「ああそういう事か」と思いまして。

実は三國志と言っても、小説や原典は全く触れた事が無くて、横山光輝の漫画とコーエーテクモの三國志シリーズの一部作品の知識です。

古代の政治戦争ゲームみたいな感じですが、私が好きな作品は「武将プレイ」と言われている作品で、君主を選ぶ作品ではありません。
戦争シーンは陣形を駆使して戦うⅤが好きです。
Ⅴの音楽は服部隆之氏で、ウェブサイトにも1曲アレンジしたのを上げましたが、あの音が作れないので無理矢理ああいう形にした感じです。

話の大筋を。

漢帝国の末期に、と言ってもそれが末期たらしめた原因なんですけど、社会が荒廃してきた所へ来て、太平道という当時の新興宗教が黄色い頭巾をかぶって「蒼天既に死す、黄天当に立つべし」というスローガンで「黄巾の乱」を起こして、実態は掠奪を働くような大規模暴動のような物だったんですかね、政府が掃討作戦に打って出て、その時の高札に応じたのが関羽と張飛という豪傑を従えた劉備です(桃園の誓い)。
劉備は、漢帝国の王族の末裔で、『三国志演義』では徳のある善玉のリーダーです。
その掃討作戦を指揮したのが何進という将軍で、この人は元は屠殺屋(肉屋)で、妹が皇帝に嫁いだとかで、その地位になっています。
官軍には代々(?)高官を務めているエリートの曹操もいて、のちに名門の袁紹と確執を起こす事になります。
曹操には「治世の能臣、乱世の奸雄」という評価があります。

掃討作戦が終わると、何進将軍が十常侍という官僚(?)たちに暗殺されて、その十常侍を粛清して実権を握ったのが董卓です。
董卓は「酒池肉林」と言って暴君とされ、政治的にはハイパーインフレを引き起こしたそうです。
曹操が七星の剣という宝刀を献上するように見せかけて董卓に近づいて暗殺しようとしたんですけど、董卓は呂布という豪傑をボディーガードに付けていて、すんでの所で暗殺計画は失敗に終わって、曹操は都を離れます。
呂布は董卓の配下が赤兎馬という名馬を与えて舌先三寸で寝返らせたという事です。
「馬中の赤兎、人中の呂布」という評価があります。
曹操が袁紹を盟主に担ぎ出して反董卓連合を結成したんですけど、董卓は首都の洛陽に火を放って西の長安に遷都したりして、連合も空中分解してしまいます。
結局、王允という人が貂蝉という絶世の美女を呂布に近づけて、董卓がそれを見て貂蝉を愛人に召し上げて、呂布が怒って董卓を斬りました。
これを「連環の計」と言います。
董卓は「女性に次々と"相手"をさせた後に2階の窓から投げ捨てていた」とか「ヘソの油に火を灯したら永遠に燃えていた」と言われています(笑)。

その後群雄割拠状態になって、話の前後関係がイマイチ掴めないんですが、袁紹の遠戚の袁術が、孫策に兵を分ける代わりに、孫策の父の孫堅が戦乱の中で発見した玉璽をもらって、玉璽というのは皇帝の印鑑みたいな物で言わば「この印籠が目に入らぬか(水戸黄門風に)」みたいな事なんですけど、それを持ち出して皇帝を僭称して曹操や劉備らと対立します。
陳宮という人が曹操を危険人物として呂布を担ぎ出して、呂布が戦場で「遠く離れた戟(槍の刃の部分)に矢を当てたら双方兵を引き上げさせる」というのでそれを成功させて調停に入ったりして、呂布もその後長くはありません。
類似した話ならウィリアム・テルとか那須与一の弓の逸話もありますよね。

曹操が黄巾の残党を「青州兵」と言って組み入れて、私はゲームでは「このイベントが起こったらゲームセット」と言っていますが、その辺りで東の方の徐州で、名前は忘れましたが武将(?)が曹操の父親を護送中に金品に目が眩んで殺害して姿をくらませて、激怒した曹操は徐州の民を虐殺しました。
これ以降暴君のイメージが付いたんですかね。
袁紹が河北(黄河の北)で勢力を磐石なものにしましたが、曹操に官渡の戦いで大敗して、曹操が北部をほぼ手中に収めます。
曹操が関羽を気に入って配下にしようとしたんですけど、劉備に忠誠を誓っていて、敵方の豪傑を次々と破った後に劉備の下へと帰る千里行が有名です。
関羽は豪傑ですが、そろばんのような物を発明したとかなんとかで、商業の神様にもなっていて、横浜の中華街にも関帝廟がありますよね。
張飛は他の人に「兵隊」と評されて、劉備が激怒したそうです。

劉備が知恵者を欲して、「臥竜」と評される諸葛亮孔明に協力を請いに行って、これは「三顧の礼」と言われます。
諸葛亮は晴耕雨読の生活をしていましたが、彼らに「水魚の交わり」を感じたりして、熱意を感じ取って劉備に仕える事になります。
この頃には、「臥竜」と並び称される「鳳雛」の龐統や、母親を人質に取られて曹操に下ってしまう徐庶や、「白眉」の馬良らの智将も揃っていました。

「江東(長江の東)の虎(小覇王)」と評された孫策が、于吉という仙人を「人心を惑わす」というかどで呼び出して斬ってしまうんですけど、その後毒矢か何かを受けて死んでしまって、これはそのタタリという事になっています。
呉は弟の孫権が継ぐ事になりますが、孫策と義兄弟の周瑜は「美周郎」と言われる才色兼備で、孫策は大喬、周瑜は小喬という絶世の美女姉妹をそれぞれ娶って、名実ともに兄弟になっているワケです。

曹操は南征する際に小喬を手に入れようとしていたという話もあるそうですが、劉備が諸葛亮に進言されて、呉国の兵力を使って対抗して曹操軍を退けたのが赤壁の戦いです。
三國志のドラマを観ていて、「一晩で十万本の矢を調達しろ」と周瑜に言われた場面で、「相手に撃たせてそれを貰えばいいんじゃない?」と即答してたら、諸葛亮の策略もそれでした。
劉備孫権連合が大勝した要因は「曹操軍が疫病にかかった」とかあるんですけど、「苦肉の策」と言って、「不利を理由に周瑜と対立した老将が百叩きの刑になって曹操軍に投降する時に、長江を渡るための曹操軍の船を鎖で繋がせて、それを火計で全て沈める」という物です。
「諸葛亮が天候を読んで風向きを計算した」とかいう逸話もあります。

劉備と孫権もそのためだけに手を組んだようなものなので、劉備は諸葛亮の「天下三分の計」を聞き入れて、南西の蜀を目指します。
北部の曹操が魏で、南東の孫権が呉です。
これで「三国の鼎立(ていりつ)」が成るワケです。
曹操は実力主義で、劉備は義理人情、孫権は配下への信頼と言われます。

その後も諸葛亮の南征とか「出師(すいし)の表」以降の「泣いて馬謖を斬る」とかすったもんだあるんですけど、五丈原の戦いで「死せる孔明、生ける仲達を走らす」と言って、これは「諸葛亮が戦場で死亡しても、生きている司馬懿が恐れて兵を退く」という話です。
「走る」というのは「逃げる」という意味があって、英語の「run」にも「逃げる」という意味もあります。

最終的にはその司馬一族が魏の中で実権を握って、中華全土を統一して晋を打ち立てます。

『魏志倭人伝』が有名ですが、この頃日本は卑弥呼とかですかね。
ヨーロッパでは、三國志のちょっと前辺りが安敦ことマルクス・アウレリウスとかの五賢帝時代ですかね。

だーっと大まかに言いましたが、実際は三国時代より前の、「そこに至るまでの過程」が面白いと思っています。

私が好きな武将は諸葛亮と趙雲です。
武官は呂布や関羽より趙雲です。
趙雲は、劉備の奥さんと子供の阿斗を守るために単騎駆けした話が有名ですよね。
劉備の奥さんが足手まといにならないように井戸に身を投げて、赤ん坊の阿斗を抱いて敵の大群の中を駆け抜けた話です。
そこまでして守った子供がのちの「暗愚の象徴」である劉禅とは(苦笑)。
「暗愚で己の過ちを知らず」という評価がありますが、つまり「自分が間違ってる事すら気付いていない」って事ですよね、これ以上無い酷い言われようですが。
「暗愚」の対義語は「賢明」ですか。

最後に、漢帝国の成り立ちの話を。

小学校の時に近所の本屋で司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を買って、これは、秦が春秋戦国時代を統一して、直後の話です。
項羽は家柄も良く能力が高くて、劉邦は能力はそんなに高くはないものの魅力的な人物で、配下に張良とか韓信とか有能な人が集まってきて、結果的に劉邦が漢帝国を築きました。
韓信の「背水の陣」というのは、「敢えて川を背に陣取ることによって、その方が逃げ場が無いから兵士が頑張る」という戦法です。
有名なエピソードは、秦の始皇帝を見た時に、項羽は「あれを倒してやる」と思って、劉邦は「ああなりたい」と思ったという心理描写です。
虞美人草とか四面楚歌とかでしたっけ、項羽が失敗したのは、今で言えばワンマン社長な感じでしょうか?

始皇帝は、万里の長城とか中央集権と郡県制とかあるんですけど、他に重要な点で、李斯に進言されたのか何かで焚書坑儒というのがあって、これは、「儒学書を焼いて儒学者を埋める」という意味らしいです。
要するに、年功序列とか男尊女卑的な旧来の道徳を変えようとしたんですかね。
日本では江戸時代でも朱子学として儒学を取り入れていたんですかね。

ルソーも「ローマやスパルタでさえ滅びた以上、どの国が永遠に続く事が考えられようか」と言っています。
歴史学者が「恋人と別れた時に『何で失敗したんだろう』と考えない人は、何回も同じ失敗を繰り返しますよね。歴史を学ぶ意味はそこにある」と言っていたのを聞いて、それは同感です。
私は現代に至るまでの歴史ロマンも感じ取る意味も込めて、高校の時は成績はともかく一応日本史ではなく世界史を取っていました。
歴史と経験は違うかも知れませんが、とにかく、将来の「野望」を実現するための布石な意味も込めてです。

『孫子の兵法』ですけど、曹操が註釈を付けたものが現存しているそうで、有名な格言は「敵を知り己を知れば百戦危うからず」というヤツです。
私は「勝てない無謀な戦いはしないって事だな」と思ってますが、確かに負け戦でも譲ってはならない場合もあるような無いような。
ただ、戦争は囲碁将棋とかスポーツとかとは違って、勝っても負けてもシャレにならないですからね。

「中国4000年の歴史」と言われますが、今でも漢籍に学ぶ人も多いですかね。
私は三國志は普通に読み物としても面白くて。
このウェブサイトというかブログも背水の陣で書いてますがね、その気分じゃないとダメですかね(苦笑)。

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